米作を中心としてきた日本の農村では、ウシやウマが田を耕し荷を運び、農作業を支える大切なパートナーでした。単なる「家畜」ではなく、家族同然の身近な存在であり、欧米とは違う家畜観があったのです。
そんな日本の家畜観を感じられる書籍といえば、児童文学作家川村たかしさんの作品が思い起こされます。
川村たかしさん(1931-2010)は現在の奈良県五條市の出身です。教師として小・中・高校、大学で教えながら、数多くの作品を残されました。紀伊半島の農村や漁村に関わる作品が多く、自身が山間の農家で育った経験が背景にあるといえるでしょう。
『山へいく牛』川村たかし作 偕成社 1977
作者の幼少期にあたる戦前から戦中にかけての農村を舞台とした短編集です。
表題作「山へいく牛」は、山間部で材木を運ぶために農家のウシを貸し出す話です。四国などで行われていた「借耕牛」は農家がウシを借りて農作業に使うものですが、こちらはその逆で、農閑期のウシを山の村に貸すのです。主人公の島子は、山へ向かうウシに出征した父親の姿を重ねて涙を流します。
他にも、戦争や災害を背景にしたウシの物語が収められています。老乳牛が水害で逃げ遅れた少年を助ける「乳牛ホンシュウ」、戦前まで行われたウシの競技会と戦後の乳牛共進会を対比させるような「最後のコンクール」「ロチという子牛」など、ウシと人との関係をさまざまな角度から感じ取ることができます。
『先生がいて牛がいて』川村たかし著 探求社 1999
こちらは自伝的な随筆で、ウシを身近に見て育った幼少期、教員としての経験、執筆についての考えなどが綴られています。ウシについては、ルーメンアシドーシスの治療や、疫病によってウシを火葬したエピソードなどの記憶が鮮やかに描かれています。
自らを「ひとりの牛」、「少しばかり、牛と鯨と猪語を解する」と表現されています。和歌山県太地町の捕鯨を描いた作品も知られており、家畜と野生動物、山村と漁村の区別なく人々の暮らしを丹念に取材して執筆されたことが伝わってきます。
『十津川出国記』川村たかし著 北海道新聞社 1987
明治22(1889)年8月、奈良・和歌山に大きな水害が発生しました。死者1,500人以上、全壊・流失家屋が約6,000戸という大災害です。
被害が大きかった十津川郷(現在の奈良県吉野郡十津川村)では、政府や北海道庁の支援を受け、その年の内に600戸、2,400人以上が北海道に移住しました。
『十津川出国記』はこれを冷静に記したノンフィクションです。前半は各地域の被害の記録を精緻に伝えており、凄まじさに読む手が止まるほどです。
後半は北海道移住と開拓の、これもまた凄絶な記録になっています。空知地方中部に新十津川村(現在の新十津川町)が開かれ、道産子馬を導入してさまざまな作物を育てつつ、米への執着から寒さに強い稲を創出していきます。ところが、明治31年に川が氾濫して水害となり、被害は全村の6割に及んで、心折れて村を出る人も多かったといいます。それでも村は存続し、奈良の母村との交流は今も続いているそうです。
この史実から書き上げた『新十津川物語』(全10巻 偕成社 1977~1988)は、児童小説でありながら稀有な歴史大河小説となりました。
時代は変わり、川村作品の舞台となった明治や昭和前期は遠い昔となりました。日本の家畜観も大きく変わりましたが、ウシとともに暮らした人々の記憶は留めておきたいと思います。
