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乳科学 マルド博士のミルク語り

カゼインの加熱とリジノアラニン

2026年7月20日掲載

C.P.A.通信 Vol.145 にて田中さんがチーズを加熱しても肉や卵のように凝固せず、むしろ柔らかくなる理由を説明していました(田中穂積,「融けるチーズと伸びるチーズ 第9回 もう一つの”チーズの謎”」C.P.A.通信Vol.145 p20, 2026)。この理由として、チーズやカゼインにはシステイン(Cys)が少なく、プロリン(Pro)が多いことを挙げられています。

一般的に加熱するとたんぱく質に含まれるCysのSH(図1)が分子内や分子間のSHと反応してS-S結合しやすくなります。このような反応があちこちで生じると分子運動が制約され凝固しやすくなります。SH⇒SSの反応を阻害する薬品を適量添加すると加熱しても凝固しなくなることが示されています。しかし、カゼインの中でCysを含むのはκ-カゼインとαS2-カゼインだけで、主要なαS1-カゼインやβ-カゼインにはCysはありません。すなわち、カゼインに含まれるCysはごくわずかといえます。なので、Cysが少ないことが加熱しても凝固しにくいと考えることができます。
ではProについてはどうなのでしょうか?アミノ酸配列はProにて折れ曲がり紐のようなしなやかな状態になるので、加熱しても凝固しないと説明しています。ProとCysの含量比(Pro/Cys)が高いことがチーズを加熱しても凝固しにくい理由という考え方については、目の付け所は良いのですが、Proの役割については今後の検討が必要でしょう。

このC.P.A.通信の説明にはもうひとつ重要な点が示されています。チーズを加熱しても凝固しないのですが、110℃以上に加熱すると加熱凝固するのです(表1)。

一般的なたんぱく質食品では50~80℃で凝固しますが、チーズでは110℃以上でやっと凝固するのです。110℃未満では凝固せず柔らかくなるのに、それ以上の加熱で凝固するのは何故でしようか?
C.P.A.通信の中ではこの謎については説明されていませんが、筆者は以下のように考えています。

たんぱく質を加熱、あるいは高アルカリ環境下に置くとリジノアラニン(Lysinoalanine: LAL)という物質が生成されます(図2)。これが分子内や分子間、特に分子間に生成されるとたんぱく質の運動が制約され、凝固の原因となります。LALについては以前2017年6月20日の当コラムで若干説明しましたが、あらためて説明します。2通りの経路があり、Cysからの場合とリン酸化されたホスホセリン(Ser-P)からの場合があります。どちらも高温加熱あるいは高アルカリ状態でデヒドロアラニン(Dehydroalanine)となり、これにアミノ酸のリジン(Lys)が結合しLALが生成されます(図3)。

カゼインの場合Cysは極わずかしか存在しませんが、Ser-Pは大量に含まれています。そのため、LALが生成されるとしたらSer-Pが関与している可能性が考えられます。しかし、高温加熱や高アルカリに置かれていなければ、カゼインからLALは生成しないはずです。ところが、ヨーロッパのチーズにはLALが含まれているとの報告があります(表2)。モッツァレラやチェダーには微量に、プロセスチーズでも少量含まれています(Pellegrino et al, J. Dairy Sci. 79:725-734, 1996)

チーズの場合、特段の高温や高アルカリに晒されてはいませんので、LALが何故少量存在するのか不思議です。この理由については不明で、今後の研究を期待します。
このように、チーズを高温加熱した場合に凝固する理由についてはカゼインに含まれているSer-PがLALに変化し、分子間に架橋するためと考えられますが、さらなる研究が必要と考えます。


「乳科学 マルド博士のミルク語り」は毎月20日に更新しています。

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