フロマGのチーズときどき食文化

ヨーロッパのチーズ、アジアのチーズ

2014年6月15日掲載

ミルクは酸で固まる

 今回は少し専門的な話になりますが我慢して読んでください。チーズを研究している学者さんのレポートなどを読むと、チーズを「乳酸凝固型」と「酵素凝固型」に分類する記述が見られますが、一般の人には何のことやらわからないですよね。乳酸凝固型というのは古代から行われている方法で、ミルクに乳酸菌を繁殖させ、乳酸菌がつくる酸によってミルクを固める方法です。簡単に言えばヨーグルトですね。一方、酵素凝固型はミルクを固める作用がある酵素を使ってミルクを固めます。この酵素の事をチーズ作りの現場では「レンネット」と呼んでいます。この二つの凝固法は世界を二分していて、ヨーロッパのチーズはレンネット凝固が主体、アジア各国は酸凝固のチーズが主体になっているのです。その境界線はイランあたりだとする学者もいます。イランやその西隣のトルコでは両方の凝固法が見られるとか。

レンネットを取る子牛の胃袋

そんな訳で便宜上レンネット凝固のチーズを「ヨーロッパ型」、酸凝固を「アジア型」とすることにしましょうか。で、日本人が食べているチーズはアジア型か、といえば、すでにお分かりのように日本人が食べているチーズのルーツはヨーロッパのチーズです。江時代、オランダ人が自国のエダムやゴーダを将軍徳川綱吉に献上したという記録があるといいますから、ヨーロッパのチーズが喜望峰を超えてはるばる日本にやってきたのです。そして明治になると日本はヨーロッパ文明を手本に近代化を進め、酪農もチーズ作りもヨーロッパの技術に学んだのです。

インドのパニール

 そこで、一般家庭でチーズを作るとすればどちらがつくりやすいかといえば、アジア型なら、それらしいものは比較的簡単に作れます。鍋に牛乳を入れて火にかけ沸騰してきたら酢やレモン汁を加える。そうすると牛乳はたちまちモロモロと固まってきます。これを布で漉して水分を切るとフレッシュチーズができあがります。古代から行われている方法は酢を加える代わりにミルクを乳酸発酵させヨーグルト状に固まったものを脱水します。それに対してヨーロッパ型のチーズはレンネットの力を借りてミルクを固めますが、レンネットには動物性と植物性がありますが、広く使われているレンネットは子牛や小山羊などの胃袋からとります。この方法だとミルクはしっかりと凝固し、柔らかいチーズから固くて大きなチーズまであらゆるバリエーションのチーズが作ることができるのです。

草原のチーズ、アーロールを作る

アジア型の代表は生産量から言ってインドのパニールでしょう。伝統的な製法は、まずミルクを乳酸発酵させて酸乳といわれるヨーグルト状のものを作ります。これを攪拌機で撹拌してバターをとり、残りを加熱してしっかりと凝固させたものがパニールです。このような方法はトルコの一部やイランから東のアジアに多く、こうして作られるチーズは塩をしたり乾燥させたりして保存性を高めます。こうしたアジア型のチーズ作りはインドをはじめヒマラヤ周辺やモンゴルでも昔から作られています。

脱水したばかりのアーロール

数年前モンゴルの草原で遊牧民の家族と三日ほど過ごしたことがありますが、ゲル(可動式住居)の中でこうしたチーズ作りを見せてもらったことがあります。山羊と羊のミルクを特殊な方法で脂肪分を取り残りの脱脂乳を一晩発酵させから、火にかけて凝固させます。これを成形して乾燥させた物がアーロール(ホロート)と呼ぶモンゴルのチーズ、です。猛烈に酸っぱいものでした。500年以上前に書かれたマルコ・ポーロの「東方見聞録」にもその作り方や利用方が出てきますが、そこには、ミルクの脂肪分を取って固め、太陽で乾燥させる、と書かれています。モンゴルの草原では何百年も同じ方法でチーズが作られてきたのだなァと、草と空だけの高原を眺めながら深く感じ入ったのでした。