フロマGのチーズときどき食文化

チーズは酒飲みのビスケットである

2017年12月15日掲載

チーズは酒飲みのビスケットである

チーズは酒飲みのビスケット

フランス料理といえば、まず、アペリティフでのどを潤し、オードブルから始まってデザートで終わる。近頃は少し変わってきたようですが、このコースの仕組みは「ロシア式サーヴィス」といって、19世紀の中頃ロシアの宮廷で働いていたユルバン・デュボワというシェフが、料理を一皿ずつサーヴィスするロシアの方式を取り入れたものです。それまでのフランスの宴会料理といえば、料理を全部テーブルに積み上げ客に驚きを与えるように演出され、味は二の次だったんですね。そんな時代のフランスの宴会料理にはチーズは全く出てきません。チーズはフランス中にあったけど、当時は輸送と保存が難しかったので、パリで状態のいい地方のチーズを入手するのは困難でしたし、当時はまだチーズは貧者の食べ物という意識があったようです。それが19世紀後半、鉄道が普及するとやっとチーズが宴会のアイテムとして注目されるようになるのです。

チーズの盛り合わせ

「チーズのないデザートは片目の美女である(美味礼:岩波文庫)」とは19世紀の美食家ブリア・サバランの有名な言葉ですが、はて?チーズはデザートであったか。そう、当時チーズは食事の最後、つまりデザートだったのです。ところがお菓子を食べた後ではチーズに手がでなかった。そんな訳で時突然チーズとスイーツが入れ替わって今の順序になったそうです。当時、赤ワインに浸したビスケットをデザートにしていたようですが、甘いものが苦手な男達は、その代わりにチーズを食べた。その事を皮肉って当時の美食界の怪人グリモ・ド・ラ・レニエールが言ったのが「酒飲みのビスケット」というわけです。

ジャポニスムを演出

でも、チーズが正式の晩餐会に定着するのは20世紀に入ってからです。「エリゼ宮の食卓:新潮社」という本があって、そこにはフランスの大統領府エリゼ宮で国賓をもてなした時のメニューが紹介されています。19世紀の終り頃は、まだ食べ切れない量の豪華な料理を並べていましたが、第二次世界大戦後のエリゼ宮のメニューの品数はぐっと少なくなり、招待客の食習慣や食べる量に合わせた献立になっていて、前菜、主菜(付け合わせ野菜付)、チーズ、デザートというパターンが定着するのですが、ここでやっと一流の晩餐のメニューにチーズが入るという歴史的な事が起るのです。1994年に現在の天皇、皇后両陛下をもてなしたメニューは「ホタテのソテー温製牡蠣添え。仔鴨のポワレいちじく添え。野菜のシャルトルーズ仕立て。チーズ。苺のパイ包」となっていて、チーズもしっかり入っていました。でも、どんなチーズがどれだけ出されたかという記録はほとんどないのです。

アートになったチーズ

一流の晩餐にチーズが入るようになると、その供し方にも様々な工夫が見られます。「チーズ・プレイトは20世紀の目覚ましい発明である」といった人がいるけど、チーズ盛り合わせ盆も次第に洗練され、21世紀になると大規模なチーズ・プレイトのコンクールが開かれたりして、チーズの盛り合わせも次第にアートっぽくなってきます。しかし、フランスの地方のレストランでは、まだまだ素朴な形でチーズがでてきます。ワゴンにチーズが乗った最後の写真は、超有名な三ツ星レストラン、ミッシェル・ブラスのものです。けっこうワイルドで迫力がありますね。これもチーズの国オーヴェルニュを表す演出なのでしょうか。