世界のチーズぶらり旅

ラクレットの季節

2017年12月1日掲載

日本のラクレット

先月、11月の中旬に「十勝チーズ・モールウォッシュ(ラクレットタイプ)」のお披露目会が開かれた。チーズでは初の日本の「地理的表示(G.I.)」の認定を目指すチーズである。
この10月に開かれたC.P.A.主催の「チーズ・パン博」にもこのチーズが登場し、その優しい味わいが高く評価された。近頃では多人数のパーティーなどでもラクレットのリクエストが多く、筆者も年に二、三度はスイス直伝?の技を披露しているが、この季節にラクレットを焼いていると20数年前スイスのヴァレーの谷間でこのチーズに出会った情景がよみがえってくる。
1990年の11月の末、ある出版社のヨーロッパチーズを取材する旅に同行するにあたり、いくつかの古典的なチーズの原産地を訪ねることを提案。その中にスイスのラクレットを加えた。当時日本ではこのチーズを知る人はほとんどいなかったが、ある筋から、このチーズは今後日本でも有望だという話を聞いてはいたが、このチーズに関する資料は極めて少なかったが、とりあえずスイスの谷間を訪ねることにしたのである。

暖炉で焼くラクレットの古典

イタリアと国境を接するスイスのヴァレー州の真ん中を、ローヌ川が深く長い谷を刻んで流れ下り、フランスとの国境にあるレマン湖に注ぐ。その距離は100kmを超えるが、その上流にはマッターホルンなどの有名な山々がそびえている。ラクレットはこの谷の郷土料理だというのである。ガイドの説明によれば、当時スイスのチーズの消費量は一人年間16kgだがヴァレー州ではラクレットを食べるので42kgだと自慢げに話していた。そして彼は、レマン湖からローヌ川を少し遡ったところにある、今も暖炉の火で焼いたラクレットを食べさせるという店に案内してくれた。

皿を温めチーズを焼く装置

筆者はそこで初めて素朴で粗野なこのチーズ料理を味わい、強烈なインパクトにすっかり魅了されてしまうのだが、その上、この店のオーナーからラクレットのサーヴィスの仕方までじかに伝授されたのである。
 

翌日は朝早くから谷間にある共同組合のラクレット工房の取材である。前日のラクレットがまだ腹にたまっているので朝食抜きで、薄っすらと霜が降りた谷間に飛び出す。途中でラクレットの原料乳を提供するエランス(Hérens)という黒い牛の放牧を見た。この牛は小柄ながら頑健で気が強く高山の放牧に適しているし、乳は固形分が高くチーズに向いているというのがガイド氏の説明である。近頃は闘牛で有名らしい。谷間に朝日が届く頃小さなチーズ工房に到着。

ミルクを貰うエランス牛

すでにチーズ造りは始まっていた。セミハード系のチーズ製造の手順はだいたい同じなので、筆者はそれより熟成庫が見たかった。1970年代発行のフランスのチーズ辞典には、ラクレットはチーズ料理名として掲載され、この料理にはバーニュ(Bagnes)というチーズを使うとあったので、このチーズがまだ存在しているか知りたかった。熟成庫に入ると何とBAGNESと刻印されチーズが目の前にずらりとならんでいた。だが時代と共にラクレットの方が次第にメジャーになり、2007年にスイス独自の「原産地名称保護:A.O.P.」を取得する。そしてこのチーズは隣接するフランスのサヴォワ地方でも盛んに作られるようになり、この1月には「地理的表示保護=I.G.P.」を取得する。ヴァレーのラクレットは深い谷を飛び出して世界に広がっていくのである。そして日本にも。

フランスでも人気沸騰