世界のチーズぶらり旅

南西アルプスのすそ野をゆく

2017年11月1日掲載

車の町トリノ市

フィアットの企業城下町として車好きの人達に知られるトリノ市は、イタリア半島の西北端に位置するピエモンテの州都である。そこから右に南西アルプスの山々を眺めながら南下すれば、緩やかに広がる丘陵地帯に美食の名所がそこここに点在している。今回はこの中でもかなり地味なD.O.P.認証チーズの産地ムラッツァーノを訪ねた。

ピエモンテ州はpiemonteと書くがピエは足、モンテは山という意味だ。唐突ながら私はこの州名を見ると、なぜか柿本人麻呂の「あしひきの山鳥の尾の・・」という百人一首に出てくる歌を思い出す。アルプスの山の足が長々と伸びている風情を、日本人と同じ感性で山の足と呼んだのだろか。中でも車窓の右手に見えるアルプス山脈西部の高峰モンテ・ヴィゾ(3,841m)は山容が秀麗で美しい。

アルプスを望むピエモンテの道

これらの山々を眺めながらも、また一つの思いがよぎった。今から二千年以上前にローマと、北アフリカを支配するカルタゴが戦った2回目のポエニ戦争の事だ。カルタゴの若き武将ハンニバルは、4万の兵と30頭の戦闘用の象を引き連れイタリア本土に攻め上った。アフリカからスペインに渡り、そこからからピレネー山脈を超えローヌ川を渡って、秋にはアルプス越えに挑むが、初冬の行軍は難渋を極め、急峻な峠を越えイタリアに入った時には兵士は半数に象は3頭になっていた。だが、この事態にローマは驚愕した。その後ハンニバル軍は10数年も半島に居座りローマを悩ます。今、車から眺めているアルプスのどこかの峠をハンニバルは越えたのだが、いまだにその場所は特定されていないという。

ワインの村バローロ
トリノから50kmも走れば、ワイン党ならお馴染みのバローロ、バルバレスコ、アスティなどの村が現れる。近くには白トリュフの産地アルバがあり、ピエモンテ風チーズ・フォンデュにはこの白トリュフが入る。そして、それらの中心には1986年に始まったスローフード運動の本拠地となったブラの町がある。北イタリアによくある、小さくて美しい町が、世界の食に大きな影響を与え食の聖地になったのだ。
 
ムラッツァーノの型入れ

そこから手入れが行き届いた葡萄畑を眺めながら、牧場や林が点在する丘陵地の曲がりくねった道をたどって、小さな丘の上にあるチーズ工房についた。斜面の草地には羊が群れている。工房に這入ると二人の中年のおばさんがチーズを作っている。

ムラッツァーノは、この辺りで古くから作られていた羊乳製の小さくて柔らかいチーズだが、生産量が少ないから日本でお目にかかるのは難しい。この工房でも製造基準が厳格なD.O.P.認定のムラッツァーノの製造はわずかなのだろう。ここではその他に様々な形のチーズをつくっていた。

そんなわけで試食にもムラッツァーノは登場せず、写真のような見たこともない奇っ怪なチーズが登場したのだが、これこそ、ここに来なくては食べられないチーズで、これも旅の小さなサプライズとして楽しんだのであった。
奇っ怪なチーズの試食