フロマGのチーズときどき食文化

夏につくる山のチーズ

2017年8月15日掲載

シャレーへの道

フランスの東部のアルプス山地やスイスのフランス語圏のチーズにはエテ(été)とかアルパージュ(alpage、ドイツ語圏ではAlpkäse)と表記されるものがあり、これらは一段と品質の高いチーズとして珍重されています。エテとは夏、アルパージュはアルプスの高地で作られたことを意味し、チーズが作られる季節とか工房がある標高などが決められているものもあります。

​花いっぱいのモレーンの台地​

今から2千年ほど前、といえばローマ時代ですが、アルプス山中で作られる硬質の大型のチーズが、ローマで人気になります。作っていたのは先住民のケルト人です。やがて彼らはローマに征服されますが、その伝統はローマ滅亡後、修道士たちが受け継いでいくのです。彼らは山地を切り開いて牧場を広げ、冬は谷間で、夏には高地に牛を追い上げて高山の草花を食べさせチーズをつくりました。それらのチーズは品質が良く、輸送にも耐えるなどの優れた特性が評判になります。14世紀、スイス南部のグリュイエール地区で作られるチーズが有名になると、エメ川の谷(エメンタール)地区でもチーズ職人を移動定住させ、夏は高地で移牧をしながら、あの巨大なチーズ、エメンタールを完成させるのです。このようにしてスイスやフランスのアルプス地方の至る所で、「山のチーズ」といわれる大型の硬質チーズが生まれていくのです。

​カールの底にあるシャレー

スイスでは現在も夏になると、牛と共に高原のシャレーに移り住み、秋までチーズ作っている場所はたくさんあります。そんなところをカメラで覗いてきました。
現在はよほどの山道でも、特殊な車なら上っていける程度の道はあるけど、普通の車は登れない。やはり1~2km程の山道を歩くことになるけれど、美しい山並みを眺めながらであれば楽しい道のりです。訪ねたのはレマン湖の東20kmにあるバニユ・ノワールという2000m程の山懐にある、スイスではごく普通のシャレーの一つです。

​カードを掬い取る

そのシャレーは、岩山が氷河に削られて出来たお椀状の巨大なU字谷(カール:karという)の底にありました。背後は切り立った岩山、その直下には氷河が削った膨大な岩が堆積したモレーン(氷河堆積)の台地が広がっています。季節は初夏。モレーンに自生する高山植物のすべてが花を咲かせている中に牛の群れが放たれ、シャレーではレティヴァというチーズの製造が佳境に入っていました。低い天井から吊るされた大きな銅釜(ショドロン)を間に、男女のペアが大きな布でチーズ塊を掬い上げるところでした。そして、それをモールドに詰めて加圧整形していく。こうして清潔でストレスのない環境から生み出される良質な牛乳から、昔ながらの製法で毎日数個のチーズを作っているのです。出来上がった若いチーズは一週間たつと山を下って谷間の熟成庫に運ばれます。

レティヴァはスイスのA.O.C.指定チーズの第一号ということですが、夏季の5ヵ月間だけ1000m以上の高地で作られます。そして、熟成はチーズと同じ名のレティヴァ村の専用の熟成庫で最低でも135日間熟成させるという規定がある、希少なチーズなのです。

最高級レティヴァの熟成