フロマGのチーズときどき食文化

乳しぼり女の末裔たち

2017年4月15日掲載

マンステルを作る主婦

少し古い話です。前回の東京オリンピックの頃、大手乳業会社がカマンベールを発売しました。そして、このチーズはフランスの農家のおかみさんが発明したという話と同時に、ヨーロッパでは昔からチーズを作りは女性の仕事だという話を聞いたのです。

市場で自作のチーズを販売

それから20年程後にフランス東部のヴォージュ山脈の牧場で、夫婦が作るチーズの取材をした折に、初めてチーズ作りは女性の仕事という伝統的な光景を目の当たりにしたのでした。早朝、外回りのだんな様が工房にミルクを届けると、奥さんはすぐチーズ作りに取り掛かかる。家事もこなしながら、ミルクの凝固、型入れ、反転などを行い午後は発酵室のチーズの面倒を見て一日をおえる。そして週末は町の市場でチーズを売るのです。

その後もチーズ巡礼を続ける中で、ピレネー山の山小屋で、若い奥さんが1日4個の羊乳チーズ作る現場に出会ったりしているうちに、ヨーロッパではいつごろからチーズは女性が作るという伝統ができたのかという疑問がわいてきたのです。

山小屋の片隅で

数年前、アメリカ人の学者ポール・キンステッドが書いた「チーズと文明」が翻訳出版された(築地書館)。おそらく日本で初めてのチーズの歴史に特化した本かも知れません。
その中には、チーズの発生からヨーロッパ各地への伝搬と変遷、そして各地の風土や時代によるチーズの作られ方、人のかかわり方が丹念に描かれているのです。その中に「乳しぼり女」といわれるチーズ職人がたびたび登場する。でも、この呼び名はやや蔑称に聞こえるけど、英語のデアリーウーマンだと、何やら最先端の職業婦人風になってしまう。訳者も悩んだ事でしょう。中世の乳しぼり女はまさに、乳しぼりとチーズ作りを受け持ち、男たちは家畜の世話を担当するという役割分担になっていたようです。

中世のイングランドには、貴族や修道院所有の荘園と呼ぶ大規模な農園があって、そこに乳しぼり女たちはチーズの専門技術者として雇われ、特別な技術手当をもらいチーズを作っていた。小規模な小作農家でも、やはり乳しぼり女がチーズを作り、小作料をチーズで支払っていたと「チーズと文明」に書かれている。それは千年程前の事だそうです。

元気なおばあちゃん職人
工場は女たちの独壇場










近代になってチーズ造りの世界にも科学的な考えや技術が入ってくると、チーズの世界にも男性が関わるようになり、母から娘へと伝えられてきた女性特有の「チーズ造りの知恵や神秘性」は合理化の中で消えゆく運命にあったのです。そして、近代化されたチーズ工場は男の技術者が主役になっていく。乳しぼり女たちは消えてしまうのだろうか。

ところが、ポルトガルのチーズ工場を3か所ほど訪ねた時は驚きました。どれも設備の整った中規模の工場なのですが、かなりたくさんいるチーズ職人がすべて女性なのです。中には相当なご高齢とお見受けする人もいた。工場製では男性の職人が主役と思い込んでいたのに、これはポルトガルの特殊事情なのでしょうか。
その後カナリア諸島で出会ったチーズ作りにはもっと驚いた!母親らしき人と娘2人の工房でしたが、道具らしい道具はほとんどなく、ミルクの凝固は輸送缶で行い、カードのカッテイングは手で、脱水と整形はチーズの上に乗っかって行うのです。それで羊乳のD.O.P.チーズができていた。乳しぼり女は進化しているようです。

脱水と整形は体重を使って