世界のチーズぶらり旅

パダーナ平原の大きなチーズ

2014年3月1日掲載

粒状に砕けるグラナ

イタリア北部には太鼓型の固い大きなチーズが2種類ある。作り方も基本的にはさほど違いはなく姿形もほぼ同じで、兄弟のようなチーズといっていいだろう。近寄ってみるとどちらも、チーズの固い表皮にドット文字や図形が刻印されているが、これとて多少の知識がないと見分けられない。しかし、これこそイタリアを代表するグラナ・タイプといわれるチーズである。グラナ(Grana)とはイタリア語では粒状のという意味があり、これ等のチーズは砕くと粒状になるのでこの名がある。この2兄弟のうち兄ともいうべきパルミジャーノ・レッジャーノ(以下パルミジャーノ)は、いまや世界中に知られパルメザンの名で大量のイミテーションがつくられている。スパゲッティ屋さんのテーブルの上にあった、缶入りのパルメザンと称する粉チーズがそれである。そして弟の方はグラナ・パダーノといい外国での知名度は低いが手軽な値段で使い勝手のいいチーズだ。

緑豊かなパダーナの平野

チーズを学ぶために北イタリアへいけば大抵はまずパルミジャーノの工場を見学することになる。筆者もすでに二度訪れた。そこで、今回はパルミジャーノの生産量をはるかに上回るというグラナ・パダーノの工場を訪ねることにしたのである。

アルプス山脈に源を発しイタリアの北部を流れるポー川は、その流域に広々とした平野を開いた。河口付近は湿地帯になっていてイタリアの米どころである。この平原をパダーナ平野と呼び、グラナ・パダーノはこの平野で作られるグラナという意味である。しかしこのパダーナ平野はもともと湿地が多かったが、中世の修道僧達が大規模な灌漑をし、豊かな農業地帯に変えていった。その結果13世紀には農作物や牧草の生産が高まり、それまでの羊や山羊の飼育から、乳牛の多頭飼育が可能になった。そのおかげでたくさんのミルクを必要とするグラナ系チーズの大量生産が可能になっていく。

グラナ・パダーノの大工場

ところで筆者はヨーロッパのチーズの産地を回るうちに一つの疑問に突き当たった。それはチーズのサイズと固さについてである。ヨーロッパでは一般的に固い大型のチーズは「山のチーズ」と呼ばれる。昔からアルプスなどの山岳地帯では夏に作られるチーズは冬季の重要な保存食となる。そのために水分が少なく保存性の高いチーズが求められた。また山から運び下すためにチーズは堅牢で、ある程度大型でなくてはならない。かつてはロバや馬の背に括り付けて運ばれた。こうした事情からスイスやフランスの山岳地帯で作られるチーズはみな大型で固い。しかしこのパダーナ平原で作られるチーズは、なぜ山のチーズのように大きくて固いのか。「チーズと文明:ポール・キンステッド著:築地書館」には次のように解説している。アルプス地方で古くから作られている山のチーズの製法を学んだ修道僧がポー渓谷に移り住み大型で固いチーズを作り始めたのがその起源ではないか。

皮にGRANA PADANOの文字が刻印されている。

このようにして生まれたグラナはいつしかパルマやレッジョ・エミリア周辺で作られるものがパルミジャーノ・レッジャーノの名でグラナの高級品として世界中に知られるようになる。日本ではいまもパルミジャーノは知っているがグラナ・パダーノを知る人は少ない。しかし日本での売価を見るとグラナ・パダーノはパルミジャーノより2割がた安い。だからイタリアでも「キッチンのハズバンド」と、なぜか英語のキャッチフレーズで親しまれ大量に消費されているのだという。

18段ものチーズ積まれた熟成庫

今回の訪問先は大工場で、製造室にずらりと並ぶチーズ釜や、高々と18段もチーズを積み上げた巨大な熟成庫には圧倒されてしまった。グラナ・パダーノはパルミジャーノよりも生産の条件がゆるく、牛乳を集めるエリアも広いので大量生産が可能なのである。工場では3種類の異なったチーズを割って試食させてくれたが、やはり割りたては香りが違う。しっとりとして口溶けもよく、これはこれで非常に優れたチーズである。イタリアでナンバー・ワンの生産量を誇り、しかも安いグラナ・パダーノは国民食であるパスタには無くてはならないイタリアを代表するチーズのひとつであることに間違いはない。日本の店頭ではまだ見かけることは少ないようだが、もう少し入手しやすくしてほしいチーズである。