世界のチーズぶらり旅

ポルトガルのチーズは女性職人の手で作られている

2012年8月1日掲載

エヴォラの水道橋

先月紹介した世界遺産の町エヴォラでは、古代ローマの遺跡を見たり400年前に我が日本から派遣された少年使節団が立ち寄った教会で感慨にふけり、夜はポルトガル料理とワインを堪能した。エヴォラの旧市街はたかだか直径1kmほどの城壁の中にぎっしりと2千年の歴史が詰まった町だ。

この地は、かつてローマから最も遠い属州でルシタニアと呼ばれていた。ローマが滅亡した後イベリア半島はゲルマン系の西ゴート族に支配された。そして8世紀初頭からはアラブ・イスラムが半島を占拠する。その10年後にはキリスト教徒によるレコンキスタ(国土回復運動)が起こるが、半島全土を回復するまでにほぼ800年かかった。

その間、今のポルトガル北部に領地を得たポルトカーレ伯爵の子は隣国との戦いに勝ってポルトガル王を名乗り、1179年ローマ法王は正式にポルトガル王国を承認する。

おしゃれなチーズ工房

その後ポルトガルはレコンキスタを強力に推し進め、スペインより200年早くイスラム勢力を退去させる。 その後はスペインとは異なる道を歩み、言葉や文化なども独自の発展を遂げる。同じイベリア半島に住む同じ民族が、同じ運命を共有しながらもポルトガル語という独自の言語を作り上げていくのである。エヴォラは小ぶりな町ながら12~16世紀にたてられた大聖堂、修道院、大学、美術館などがある。

おばあちゃんのチーズ職人

翌朝は早めにエヴォラを出て、郊外にあるエヴォラ・チーズの工房へと急いだ。城門を出ると、かつてこの町に水を供給していた水道橋の見事なアーチが見える。郊外に出るとそこは乾いた平野である。インターネットのgoogleマップの上空からの写真を見ると、エヴォラの郊外には大きな丸い緑の地帯がいくつも見える。これはコンパスのように円を描いて回るスプリンクラーが作った畑であろう。そこ以外は褐色の大地である。間もなく郊外のチーズの工房に到着。エヴォラは羊乳で作る直径10cmほどの柔らかいチーズでDOP(原産地名称保護)を取得している。

塩をパラパラ

工房に入って驚いた、チーズ職人は皆女性なのだ。ここでハタと思い当たった。ヨーロッパでは古くから、男は外回り(家畜の世話など)でチーズ作りは女の仕事だったのである。カマンベールを発明したのもマリーおばさんである。以前アルザスの山の中の工房を訪ねた時もその家の若い主婦がチーズ作り一切を担当していた。

それにしてもこの工房は中クラスの規模で10人以上はいると思われる従業員はほとんど女性なのである。特に目を引いたのは見たところ80歳位に見えるおばあちゃん職人の存在である。白い作業服をきりりと着こなし、背筋をぴんと伸ばしてチーズの型詰めを黙々とこなしている姿には見とれてしまった。

カビ洗いもたわしでゴシゴシ

それにしてもボルトガルチーズの製法はユニークだ。機械化されている所もあるのだろうが、訪れた工房はカードのカットも脱水も、型詰めもカビ洗いも女性の手が主役である。 ポルトガルのチーズは日本ではほとんど知られていないが、市場などでみるとかなりユニークなチーズが沢山並んでいる。チーズに関しては不思議の国ポルトガルである。