世界のチーズぶらり旅

遥かなるアラン島

2011年1月4日掲載

クローバーの葉を張り付けたチーズ

アイルランドには妖精や小人がいると信じられ、「小人が横断中」という交通標識まであったという話を読んでアイルランドへ行きたくなった。特に、本島の西にある、まな板のような巨大な一枚岩が島になっているというアラン島へ行ってみたかったので仲間を募ると、3人が同行することになった。

ロンドンからダブリンまで飛び、そこからレンタカーで西のはしのゴールウェイをめざす。温暖なメキシコ湾流のために、めったに霜が降りない代りに、1年に200日も雨が降る、というアイルランドは緑の島である。だが、西に進むにつれ氷河に土を削り取られた、岩だらけの荒蕪地が現れる。

岩に残る氷河の跡。アラン島

フェリーで渡ったアラン島はもっと凄い。さつまいものような細長い小島だが、島全体が岩でできた空母の甲板のようで、大小の岩を積み上げた胸の高さほどの石垣が網の目のようにめぐらされている。この島にはもともと土は無く、本土から飛んできて、岩陰にたまった塵のような土を、司馬遼太郎氏の言葉をかりれば、手ですくって畑に入れ、風で飛ばないようにハンマーで岩を砕いて囲いをつくり、ジャガ芋などを植え、島の周囲の磯に生える海草を担ぎあげて肥料にした。こうして何百年もかかって、島全体を畑に変えていった。

海老、蟹、貝の盛り合わせ。ゴールウェイで

こんな話しを聞くと、人間の情念の凄まじさに慄然とする思いである。なんでこんな所に住まなくてはならないのか。これには、ケルト人に対する長くてむごい迫害の歴史があるのだ。我々が訪れた島は静かで、厳しいが故に清潔な美しさに満ちていた。

ひっきりなしに天気雨が降り、黒い岩が鉄のように光る。この島のチーズを食べたいと願ったが、すぐに無理だとわかった。そのかわり、見事なアトランティックサーモンのスモークでうまいギネスを飲んだ。

チーズは本土のスーパーで見つけたが古いものか、新しい商品なのかよく分からない。その中に白かびチーズの表面にクローバーの葉を張り付けたチーズが珍しく、さっそく食べてみるとなかなか個性のある強い味わいであった。クローバーはアイルランドの象徴なのだろうか、至る所にクローバーの葉の模様やマークが見られる。駆け足のアイルランド紀行だったが、豊富な海の幸、特にバケツ一杯のムール貝のワイン蒸しが美味しくて、何度も堪能した。(S)