乳科学 マルド博士のミルク語り

BCAAと運動とチーズ

2016年5月20日掲載

BCAAって何でしょうか。普段運動をされている方は耳にしたことがあると思います。BCAAとは分岐鎖アミノ酸(branched chain amino acid)のことです。普通のアミノ酸を幹に小枝が付いている木(例えば杉)とすれば、幹が途中で二股に分かれている木(例えば松や桜)が分岐鎖アミノ酸です。分岐鎖アミノ酸にはロイシン(Leu)、イソロイシン(Ile)およびバリン(Val)の3種類があります。

運動に対するBCAAの効果にはどの程度の科学的根拠があるのでしょうか。国際スポーツ栄養学会の公式見解が公表されています(J. Int. Soc. Sports Nutr. 4: 8, 2007)。「BCAAはたんぱく質合成速度を上げ、たんぱく質の分解速度を下げ、運動による筋肉損傷回復に役立つ。」と結論されています。したがって、運動する方がBCAAを摂取することは筋肉増強や筋肉疲労の回復に有効であると考えてよいと思います。

では、BCAAを摂るにはどうしたらいいのでしょうか。手っ取り早く摂るにはサプリメントがあります。ですが、国際スポーツ栄養学会はこうも言っています。「手軽に摂取するにはサプリメントが便利だが、食事から摂ることが望ましい。」と。サプリメントを適量摂れば問題ないのですが、摂りすぎると腎臓に負担をかける可能性があるためです。普通の食事から摂るには牛乳、乳製品、特にチーズが最適です。表には様々な食品に含まれるBCAA含量を示しています。食品ではチーズに沢山含まれています。これは、たんぱく質の中ではカゼインやホエイたんぱく質にBCAAが多いためです。特に、ホエイたんぱく質100gには24.2gものBCAAが含まれています。なので、リコッタはBCAAを摂るには効率的ですが、水分が多く、たんぱく質含量が普通のチーズの半分位なので、ナチュラルチーズやプロセスチーズの倍位食べるとよいでしょう。

ホエイたんぱく質の中でも、β-ラクトグロブリンというたんぱく質はBCAAが豊富です。多くの動物乳でβ-ラクトグロブリンはホエイたんぱく質の主要成分です。それ故、β-ラクトグロブリンは仔の筋肉増強に働き、早期に自立できるようにしているのかもしれません。早期に歩けるようになることは危険から逃れるために必須の要件ですから。

ところが、哺乳類のミルクにはβ-ラクトグロブリンを持たないものもあります。その代表が人乳なのです。ヒトの赤ちゃんが歩けるようになるのは1歳前後です。ヒトの場合、危険から赤ちゃんを守る術があり、あえて早期に自立させる必要がないためかもしれません。ヒト以外でもネズミ、ウサギ、ラクダなどもβ-ラクトグロブリンがありません。しかし、β-ラクトグロブリンがなくても生後間もなく歩けるようになります。これら動物にβ-ラクトグロブリンがないのは何故なのか、β-ラクトグロブリンの本来の役割は何かについては今日なお解明されていません。いや~、ミルクって本当に不思議ですねー。

最近、ヨーロッパのいくつかの地域から発掘された古い人骨の歯石を分析した結果、人類は少なくとも紀元前3,000年前までには獣のミルクを飲んでいたことが明らかになりました(Sci. Rep. doi:10.1038/srep07104)。歯石からβ-ラクトグロブリンの断片が見つかったのです。人乳にはβ-ラクトグロブリンはありませんから、牛乳とかヤギ乳などを飲んでいた確実な証拠となるわけです。同時に、β-ラクトグロブリンが検出されなかった地域もありました。つまり、紀元前3000年頃は獣乳を飲んでいた地域と飲んでいなかった地域があったことになります。ミルク利用の歴史は一万年近い昔のことですが、今後発掘された古い人骨の歯石を調べれば、ミルクの利用がいつ、どのように広がっていったのかさらに詳しいことが分かってくるでしょう。歯石は史跡なのですね。寒っ・・。