フロマGのチーズときどき食文化

裂けるチーズの謎

2014年2月15日掲載

カードに熱湯を加えて練る

チーズを少し勉強した人なら、パスタ・フィラータという言葉は習ったことがあるでしょう。この言葉はイタリア語で、pasta(麺類、練り粉、生地)とfilato(紡いだ糸)という言葉が語源で生地を糸状にするという意味があるようです。別に覚えなくてもいいの ですが、イタリアチーズのひとつのジャンル名になっているのです。例えば日本でもよく知られているモッツアレラが、代表的なパスタ・フィラータ・タイプのチーズです。モッツアレラをちぎってみると、チーズなのに生地が繊維状になっているのが分かります。なぜこのような組織になるのか。それはこのタイプのチーズの特殊な作り方によるものです。

カードを切り取る

チーズの製法を簡単に説明すると、最初に原料になるミルクを温め乳酸菌を繁殖させてからミルクを固める酵素を加えて凝固させます。次に柔らかい絹ごし豆腐状に固まったミルク(カードといいます)を、カードナイフという道具で細かく切って、カードの中の水分(ホエー)を排出させます。この時温度を少し高くするとカードは水分を放出し収縮しながら互いにくっつきあってマット状になります。これを所定の型に入れプレス成型してチーズの形を作ります。これがごく一般的なセミハード系のチーズの作り方です。

巨大なプロヴォローネ

そこで話をパスタ・フィラータに戻すと、上のチーズ作りの工程でカードがマット状になったところで、カードをブロック状に切って積み重ね、保温をしながらしばらく置きます。するとカードの中の乳酸菌が更に繁殖し酸度(酸っぱさ)を高めていきます。そうすると、カードは弾力を増して鶏肉のささ身状態になるのです。このような状態になったら、カードを細かく切り熱湯を注いでかき混ぜるとカードは溶けて糸を引くようになります。カードがすっかり溶けたらお湯を捨ててさらに練るとつきたてのお餅状態になるのです。これを一定の大きさに丸くちぎって冷水で冷やせばモッツアレラのできあがりです。モッツアレッラの語源はmozzare(切り取る、ちぎる)から来ているのです。イタリアにはこの他に以下の同系のチーズがあります。ひょうたん型のカッチョ・カヴァロ、様々な形と大きさのプロヴォローネ、太い角材型のラグザーノなどです。カッチョ・カヴァロは日本でも作られていますね。ただし糸状に裂ける性質は時間と共になくなっていくので、熟成させたチーズはこの性質は失われてしまいます。

糸状に裂けるチーズ

さて、このようにチーズの組織が糸状になる性質を更に高め、きれいに裂けるようにしながら、しこしことした歯触りを実現したのが、市販されている「裂けるチーズ」です。このチーズは熱で溶かしたカードを更によく練り、伸ばしながらいく度も折り畳んで繊維を細長い束状にして冷やしたものです。あっさりとした味わいで、しかも細かく裂けるという意外性や遊び心が子供や若い人にも受けた珍しいチーズなのです。

 パスタ・フィラータの発祥はさだかではありませんが、今から千年単位の昔に中近東のどこかで生まれたとする研究者もいます。腐敗を防ぐためにカードを熱湯に浸したのが始まりかもしれません。その技術が遠い日本で糸状に裂けるチーズを生んだのです。