食品に含まれている炭水化物は腸管内で分解され単糖となり、筋肉に貯蔵されエネルギー源となります。筋肉に蓄えきれない単糖は脂肪となります。なので、炭水化物を摂りすぎると肥満になりやすくなります。ミルクに含まれている炭水化物は、一部にオリゴ糖やたんぱく質や脂質と結合している糖質を除けばその殆どが乳糖です。乳糖はグルコースとガラクトースが結合した二糖です。
ミルクの乳糖といえば厄介者、あるは悪者とみなす方が多いのでは?離乳期を過ぎると小腸における乳糖分解酵素の分泌が減少し、乳糖を分解できなくなり、下痢、膨満感などの不快な症状が現れる乳糖不耐の方がいるためです。このため、牛乳飲むべからず論を謳う似非学者が存在し、それを尤もだと考える消費者も多数いるわけです。
日本人を含むアジア、アフリカには乳糖不耐の方が多いのは事実です。しかし、ヨーロッパでも北方系の方々を除いて乳糖不耐の方は少なくないのです。それ故に、ヨーロッパでも生乳よりチーズやヨーグルトとして摂取することが多いのです。
しかし、乳糖にも重要な機能があります。第一に乳幼児期には乳糖は腸管から分泌される乳糖分解酵素でグルコースとガラクトースになり、体内に吸収されエネルギー源となります。単糖に分解されて吸収されるのなら最初から乳糖の替わりに単糖で入っていればいいのに、何故乳糖なのでしょうか。最初から単糖であれば、腸管内の浸透圧が高くなります(注、浸透圧は分子のモル濃度に比例します。)。なので、単糖2個の浸透圧は二糖1個の浸透圧の2倍になります。浸透圧が高くなると外部から水が入り、腸管内の浸透圧を下げます。つまり、結果として下痢症状を起こします。また、甘すぎて乳幼児の味覚形成に支障を生じます。第二に、単糖に分解されなかった乳糖は腸内細菌のエサとなり、乳酸や酪酸などになります。これら脂肪酸は有害細菌の増殖を抑え整腸効果をもたらします。さらに、乳糖はカルシウムやマグネシウムの吸収を促進します。つまり、乳糖はプレバイオティクス(注、腸内細菌のエサとなり整腸効果をもたらす物質。オリゴ糖や食物繊維などが該当する)としての重要な働きをするのです。が、何故乳糖はプレバイオティクスと呼ばれないのでしょうか。それは乳糖が二糖だからです。プレバイオティクスであるオリゴ糖には明確な定義はありませんが、一般的には三糖以上とされているためです。
乳糖が少ない乳製品と言えば何といってもチーズですね。ヨーグルトも乳糖が乳酸菌のエサとなるので減少しますが、牛乳の乳糖含量より若干少ない程度です。乳糖低減牛乳では1%未満です(表)。
乳糖不耐の方々のために日本で市販されている乳糖低減牛乳は、生乳にラクターゼ(乳糖分解酵素)を作用させ、乳糖をグルコースとガラクトースに分解した後に殺菌・冷却・充填します(写真)。このため、単糖が増え、甘味が増します。ヨーロッパでは生乳から乳糖を限外濾過膜で除去したものも市販されています。
「俺、牛乳飲むとお腹がゴロゴロするから牛乳飲めないんだよネ」とおっしゃる方がいます。このような方は乳糖不耐である可能性がありますが、本当に牛乳は飲めないのでしょうか。乳糖不耐の方が牛乳を飲まないと食品の中で最も優れた乳たんぱく質や脂肪の摂取ができなくなるばかりか、腸管吸収率の高いカルシウムが不足してしまいます。しかし、牛乳を温めたり、少量ずつ何回かに分けたりして飲むとお腹の不調を感じにくくなります。さらに、生きて腸に届くプロバイオティクス菌を含むヨーグルトを毎日食べていると、これらの菌が乳糖を分解するので、不快感は低減します。
ホエイ中の乳糖は主にα乳糖1水和物とβ乳糖があり、両者は平衡関係にあります。これを加熱濃縮すると93.5℃以上になると結晶を生じることがあります。この結晶は主としてβ型であり、結晶が大きいとジャリジャリした食感(サンディと称することがあります)となります。なので、煉乳製造においては微小な乳糖結晶を少量添加(注、シーディングといいます)し、わざと微小な結晶を生成させ食感の低下を防いでいます。また、ブラウンチーズを製造する場合には予め乳糖分解酵素を添加し、グルコースとガラクトースに分解し、結晶生成を抑制する方法も利用されています。昨年(2024年)のJapan Cheese Awards にはこのような方法で製造されたブラウンチーズがいくつか出品され、優秀な成績を挙げました。
