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ダンチェッカーの草食叢書

第31回 ヒツジを飼いたい!

2025年6月10日掲載

日本は世界でも珍しい、ヒツジの文化がなかった国です。有史以前より大陸から何度も渡来していましたが定着せず、明治時代になって産業としてヒツジが導入されるまでは「珍獣」のひとつでした。明治から昭和初期にかけてはウールの需要が増大していき、国策として増産計画が実施されました。それに伴い、ヒツジ飼養や羊毛生産に関する啓発書も多く出版されています。

『緬羊詳説』『羊』

『羊 人生と羊 緬羊の飼ひ方 ホームスパンの織り方 日満羊を尋ねる旅』(鎌田澤一郎著 大阪屋号書店 昭和9(1934))はその代表的なものです。著者は実業家であり民族学者で歌人、そして韓国併合時代の朝鮮総督府顧問として緬羊政策の中心となった人です。ヒツジは「愛の権化」であり「希望の象徴」だと強い思いを訴え、「今日の国防は羊毛なくして成し遂ぐことは困難」として朝鮮での増産を主張しています。羊毛加工、羊肉料理も推奨していますが、乳利用についてはまだ普及には至らないと見てか「将来は有望」とするに留めています。内地、朝鮮、満州各地の視察紀行も、当時の様子を伝える興味深い報告です。
『實験・飼育 緬羊詳説』(占野靖年 森彰 著 養賢堂 昭和24(1949))は農林省畜産局の技師と東北大学農学部・家畜育種学教室の教員(当時)による技術書です。戦後も農家での羊毛・羊肉生産は需要が伸びるだろうとの予測から、詳細な飼養・繁殖・加工技術を解説しています。羊毛、毛皮、羊肉に次いで「緬羊乳」の節も設けてあり、「ロケフォード乾酪はその最も有名なもの」とRoquefortを紹介しています。

しかし、昭和32(1957)年の約94万頭をピークとして統計上のヒツジの飼養頭数は減っていきます。安価な輸入羊毛や化学繊維が普及したためといわれています。ヒツジに関する書物の出版も減りました。

『新特産シリーズ ヒツジ』『特産シリーズ めん羊』

80年代の数少ない技術書として、『特産シリーズ めん羊 有利な飼育法』(平山秀介著 農山漁村文化協会1982)と『めん羊の繁殖技術』(福井豊著 東京農業大学出版会 1989、新版2004)が知られています。日本のヒツジ関係者は長くこの2冊を必携書として参考にしてきました。
『特産シリーズ めん羊』は久しく絶版となっていましたので、2019年に満を持して『新・特産シリーズ ヒツジ 飼い方・楽しみ方』(河野博英著 農山漁村文化協会 )が出版されたときはうれしかったです。口絵に「まきば系フォトグラファー」平林美紀さんの楽しい写真が掲載され、実際にヒツジを飼うつもりがなくても楽しめる入門書です。

『ひつじがすき』『ひつじにあいたい』

そして、一般向けの図書として衝撃的だったのが『ひつじがすき』(佐々倉実・写真 佐々倉裕美・文 山と渓谷社 2008)です。帯の「あなたも羊飼いになる!?」という問いかけに心動かされてしまう、かわいい写真満載のヒツジ飼い本です。
続編となる『ひつじにあいたい』(佐々倉実・写真 佐々倉裕美・文 山と渓谷社 2009)は全国のヒツジ牧場のガイドブックです。ヒツジ飼いに魅せられた人はこれを携えて牧場を訪ねる旅に出ることになりました。
現在では、日本にもヒツジ乳のチーズを造る工房が(数軒とはいえ)ありますね。次に出るヒツジ本ではそのおいしさもきっと紹介されることでしょう。