乳科学 マルド博士のミルク語り

A2ミルク

2024年4月20日掲載

(一社)日本A2ミルク協会が誕生し、A2ミルクであることを訴求した牛乳が市販されるようになりました(写真)。私が最初にA2ミルクのことを知ったのは20年以上前で、ある商社筋から耳にしました。皆様もよくご存じのとおり、牛乳カゼインにはαS1-、αS2-、β-、そしてκ-カゼインの4種類あることが知られています。

それぞれのカゼインの遺伝子配列は1種類ではなく複数あり、β-カゼインにはA1, A2, A3, B, C, D, E, F, G, Hの10種類が報告されています。これらのうち、主たるものはA1とA2です。両者の違いで重要なことはアミノ酸の並び方で、左端(1番目)から数えて67番目にあるアミノ酸が、A1ではヒスチジン(His)であるのに対し、A2ではプロリン(Pro)となっている点です。

Proは一般的にはアミノ酸の一種として扱われますが、厳密にはイミノ酸と呼ばれ、アミノ酸とは基本骨格構造が異なります。そのため、一般的なたんぱく質分解酵素はProを認識できません。その結果、66番目のイソロイシン(Ile)と67番目のヒスチジン(His)の間を切断し、60Tyr-66Ileのβカソモルフィン(BCM-7、7は7個のアミノ酸からなるペプチドの意味)と呼ばれるペプチドを生成します。しかし、A2では一般的なたんぱく質分解酵素は67番Proを認識できないため、BCM-7は生成されません(図参照)。

BCM-7はモデル実験やコホート研究の結果から胃通過遅延、腸内炎症の促進、消化器炎症の悪化などをもたらすとされています。このため、乳糖不耐症でない方でも”乳製品不耐”の不快な症状をもたらす可能性があると考えられています。

一般的には牛、特にホルスタインの牛乳はA1とA2の両方を含んでいます。そのため、A2のみを出す牡牝を選抜し、それらを交配させる必要があります。さらに、A1の牛乳を出す牛と完全に分離して飼育しなければなりません。このようにしてA2のみを出す牛から搾乳された牛乳をA2ミルクと呼んでいます。

さらに、商品化するためにはアレルギー物質の混入を防ぐ工程と同様に、A2ミルク専用の設備を備えた工場で生産しなければなりません。写真を見ると、「ESL製法」と書いてあります。これは130℃2秒間のUHT殺菌ですが、製造ラインは高度に衛生管理されており、冷蔵下で2~3週間の賞味期限を設定できます(さらに、アルミ箔を裏地にコーティングした容器に充填すれば室温保存も可能)。A2ミルクを全国流通させるにはESL製造する必要があるためです。

では、普通の牛乳とA2ミルクには本当に明確な健康機能に差があるのでしょうか?最近発表された論文(Prodhan, et al Eur. J. Clin. Nutr. 2022, 76:1415-1422)にはA1ミルクを飲むと消化器症状がある方でもA2ミルクを飲んでいる方でも乳たんぱく質吸収には差がないと報告されています。さらに、EFSA(欧州食品安全機構)はA2ミルクが乳糖不耐症や消化器系疾患の緩和に効果があるとは言えないと発表しています。

上記したように一般的なたんぱく質分解酵素はProを認識できないのですが、逆にProを特異的に認識し切断する酵素(プロリルアミノペプチダーゼ)を出す乳酸菌も存在します。このため、腸内細菌の働きが重要であろうと考えられます。

また、Prodhanの論文には、A2ミルクはチーズ製造には不利だと書いてありますが、その理由については明確な説明がありません。チーズ関係者には大いに気になる記載ですが、今後の研究の推移を注視していきたいと思います。

 

 


「乳科学 マルド博士のミルク語り」は毎月20日に更新しています。

ⒸNPO法人チーズプロフェッショナル協会
無断転載禁