ダンチェッカーの草食叢書

第22回 谷泰先生の「乳利用の開始はいかにして」論

2023年12月10日掲載

今年(2023)の5月に(一社)Jミルクと「乳の学術連合」の主催でトークウェビナー「家畜化の過程-その現在と課題について」が開催されました。家畜化や乳利用がどのようにして始まったのか、というテーマです。
文化人類学者の泰斗である谷泰(たに・ゆたか)先生の「家畜化と搾乳の始まりは、動物の母子関係に人が介入したことが契機になったのではないか」という考えを中心に、文化人類学の小長谷有紀先生、考古学の本郷一美先生、藤井純夫先生が裏付けとなる事例を示していく、わくわくする鼎談でした。
その模様が冊子にまとめられ、Webサイトからダウンロードできるようになっています(2023年10月31日公開)。

『講座 食の文化』

ぼくが谷泰先生の著作に初めて触れたのは、『講座 食の文化シリーズ 第一巻 人類の食文化』(監修・石毛直道 責任編集・吉田集而 味の素食の文化センター 1998)でした。
1970年代から石毛直道先生を中心に始まった食文化研究の(当時の)集大成となるシリーズです。
谷先生は「牧畜民の食」の節で上記の「母子介入」について簡潔に述べられており、そのイメージの広がりに感銘を受けました。

 

谷先生は、京都大学名誉教授で、京大の人文科学研究所所長を務められた文化人類学者です。多くの文化人類学のフィールド研究がいわゆる発展途上地域で行われてきた中、ヨーロッパを研究対象にした先駆者でもあります。

『牧夫フランチェスコの一日』

1969年から75年にかけてのイタリアでの調査をもとに、研究論文とは別に執筆されたのが『牧夫フランチェスコの一日 イタリア中部山村生活誌』(NHKブックス 1976、平凡社ライブラリー 1996)です。
アブルッツォの山村に暮らす牧夫たちが時代の変化にとまどいながら生きる姿を描いていて、まるでドキュメンタリー映画のようです。その中に、「家畜管理の技法がそのまま一神教の社会に反映されている」という文化論も展開されているのです。
 

乳利用の起源と、群れを管理するための誘導ヒツジ技法についての考察は、谷先生の大テーマです。

『牧夫の誕生』

「牧夫、群れの先頭に立つヒツジ、その他大勢のヒツジ」という家畜管理の構造が、そのまま「支配者、宦官、隷属的な人民」という人民管理技法のモデルであり、「神、キリスト、信者たち」という聖書の世界観、さらには「神、人、自然」(人間は自然を支配する)という西洋思想の源流でもあるといいます。
じつはチーズ造りの伝播にもつながってくるこの話、われわれチーズ好きにとっても興味深い考察ではないでしょうか。

この谷泰ワールドともいうべき文化論、いくつか成書があるのですが、まずは『牧夫の誕生 羊・山羊の家畜化の開始とその展開』(岩波書店 2010)をおすすめしましょう。帯に「西アジアにおける家畜化の過程を追うスリリングな論考」とあります。フィールドの臨場感、時間と空間を行き来する考察、まさに、実にスリリング(戦慄的)です。