乳科学 マルド博士のミルク語り

UHT牛乳の保存中に生じる増粘現象

2023年10月20日掲載

昔、1985年にLL牛乳の販売が認められた頃、LL牛乳を常温保存中に部分的にゲル化するという品質上の問題が時折発生しました。海外でもゲル化発生が課題となっており、その原因に関する研究論文も多数発表されました。しかし、明確にこれだという原因は掴めなかったと記憶しています。
UHT牛乳のゲル化はLL牛乳だけでなく、ESL(Extended shelf life:UHT牛乳だが、アセプティック充填に準じたラインで製造され、紙容器に充填されている。通常のUHT牛乳の賞味期限は通常1週間~10日間だが、ESL牛乳は2週間程度となっている。)でも賞味期限を超えて保存していると粘度が高くなることがあります。

何故増粘するのでしょうか。粘度が上がるということは粒子径が大きくなった可能性があり、牛乳の場合ではカゼインミセルの粒径が大きくなることを意味します。では、何故カゼインミセルの粒径が大きくなるのでしょうか。主に3つの原因が考えられます(参照)。第1は内因性(牛乳に元々含まれる)プロテアーゼ、あるいはコンタミした環境細菌が産生したプロテアーゼがたんぱく質を分解し、カゼインミセルの物理的、化学的性質が変化し、凝集し不安定化します。第2はpHの低下です。コンタミした細菌が出す酸でpHが下がります。また、加熱によりホエイ中のリン酸カルシウムの溶解度が下がりカゼインミセルに沈着します。すると牛乳のpHが若干下がります(pH 6.7 → 6.3程度)。第3として加熱によりホエイたんぱく質が変性し、カゼインに結合します。をご覧ください。
この図は『チーズを科学する』の改訂版に掲載予定で、β-ラクトグロブリンを加熱した時、沈殿したりしなかったりする現象を説明したものです。UHT乳の場合は中性で加熱した場合、加熱温度や時間などにより、β-ラクトグロブリンの変性状態が異なり、水に安定だったり、不安定になったりします。少しだけ不安定になると、β-ラクトグロブリン+カゼインの会合が起こり、増粘するのです。
LL牛乳の場合、容器内側にはアルミ箔が貼られており、微小なピンホールが生じていない限り外部細菌が混入することは考えられません。しかし、ゲーブルトップの紙容器ではピンホールの他、シールが甘いと細菌が混入することはあり得ます。

リン酸カルシウムがカゼインミセルに沈着するとpHが若干下がります。何故下がるのか詳しいメカニズムは分かりませんが、チーズ製造の際塩化カルシウムを微量加えるのはカルシウムイオンがリン酸カルシウムとなりミセルに沈着することで、乳中のカルシウムイオンが減り、レンネット活性が下がるためです。
増粘現象の詳しい原因は必ずしも明確ではありませんが、もし開封した際にいつもより粘度が高いなと思ったら廃棄した方がよいと考えます。

 

 


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