世界のチーズぶらり旅

オーヴェルニュ地方のチーズとナイフの村へ

2023年8月1日掲載

① 村の中心地に並んでいるラギオール・ナイフの店

まだ先月と同じライオル(Laguiole)村にいる。先月は、もう人口1200人余の村の事は書かないといったけれど、書き忘れた事があったので再度書きます。今では世界中のどこにでもある、ワインを開けるコルク・スクリュー付きのポケットナイフを何というか。そう、ラギオール・ナイフという。今では別段珍しくはないけれど、1980年代頃だったか、パリのビストロで働いていたという日本人がこんな話を書いていた。パリのビストロでワインのサービスをする人達はみな「ラギオール・ナイフ」というのを使っていたけれど、これは、Laguioleと書いてライオルと読むのだと主張し、わざわざ現地の村に確かめに行ったという。結果現地では、村の名もナイフも「ライオル」と発音すると書いていた。筆者は、おいおいこの村にはライオルというチーズもあるぜ、とつぶやいたが、それよりも、この過疎地で造られたナイフが、なぜ遠いパリのビストロで使われていたのかという事が気になった。

② ライオル村の広場に建つオーブラック牛の像

調べて見ると、かつては、この高原にある小さな村々は冬になると雪に閉ざされてしまうので、家畜はみな雪のない麓の村で過ごしていたという。そのためこの季節にはチーズ関係者の人達の仕事がなくなる。そこで彼らはこの季節はパリに出てビストロなどで働いていたというのである。その時、彼らが使っていたのが、当時この村で考案されたというコルク・スクリュー付きのポケットナイフで、これがラギオール・ナイフとしてパリのビストロなどに広まっていったのだという。そんな訳で、筆者はナイフなどにはさほど興味はなかったけれど、この村の通りに何軒も並んでいるナイフ専門店の写真を撮ったのである。今はこの村ではナイフは作っていない。こんな辺鄙な小さな村で、大量の工業製品が作れるはずもないが、そこは発祥の地のプライドだろうか。今も村の通りにはライオル・ナイフの店がずらりと並んでいた。

③ この村のチーズLaguioleにも雄牛のマークがついている 

さて、筆者はこの村にナイフを見に来たのではなくチーズを勉強しに来たのである。ここのナイフもユニークだが、このあたりで造られるチーズもまた、フランスでは珍しいタイプのチーズだ。前にも少し書いたが、この地方の山中で造られるセミハード系のチーズは、フランスの他の地方では全く見られない円柱形をしており、最大50kgほどの大型のチーズである。それぞれカンタル(Cantal)、サレール(Salers)、ライオル(Laguiole:ラギオルとは読まない)という名前を持つ三種のチーズである。他の生産地であれば、品種名の違うチーズの生産地の境界線は厳格に決められている例が多いけれど、ここでは、ほぼ同じ形のこれら三種類のチーズはカンタル県を中心にして生産地が重なっているのである。当然、これ等のチーズの出自は同じで、カンタルが最も古く、物の本にはローマ時代の博物学者プリニュウスがこのチーズに触れているというから、もう2000年以上の歴史がある事になる。

④ オーヴェルニュチーズの祖先カンタル

そんな事は別にして、これ等のチーズの変わっている所は加塩法である。フランスのハード系のチーズは円盤型だから加塩はカードをプレスし、しっかりとチーズの形になってから、表皮に塩を擦り込むか塩水に浸すなどして加塩するのだが、これ等のチーズは脱水したカードに直接塩を混ぜ込んでからチーズの形を作る。この方法はイングランドのチェダーと同じやり方でチーズの形も似ているが、チェダーの成立は18世紀の終り頃といわれているが(チーズ文明:築地書館)、その技術がカンタルから移行されたという記録はどこにもないのである。

⑤ 夏はすべての牛は草原に放たれる

まあしかし、この穏やかな草原の村で、このような事を論ずれば、同行の人達にはひんしゅくを買うので、筆者は、遠くに牛の群れが点在する壮大な草原を眺めていた。

 

 


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©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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