乳科学 マルド博士のミルク語り

バイオチーズ

2023年4月20日掲載

2023年2月15日に東京農大で「国産ナチュラルチーズシンポジウム2023」が開催され、C.P.A.会員の方もリアル、あるいはリモートで参加されたことと思います。この中で、畜産環境整備機構の原田英男氏が昨今の酪農危機についてご講演されました。皆様もご存じの通り、現在の酪農危機の原因の一つが飼料価格の高騰です。これにはウクライナ紛争や気候変動が大きく影響しています。では、有効な解決策はあるのでしょうか?

そんな時、国際ジャーナリストの堤 未果氏がお書きになった『ルポ 食が壊れる』(文春新書)が目に留まりました。さっそく読み始めたところ、びっくりするような事実が書いてありました。
人造肉、ご存じの方が多いと思いますが、40年位前の人造肉は主として大豆たんぱく質を高圧下で加熱して挽肉様にし、ハンバーグなどに肉の増量剤として使われました。しかし、今は細胞培養により肉を製造する技術が開発されています。

 


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遺伝子組換え技術は消費者に嫌われますが、細胞培養は遺伝子を操作する必要がありません。肉の細胞を培養器の中に培地を加えて培養し、肉細胞を増殖させるのです(図)。但し、培地成分の中身は分かりません。細胞の増殖に必要な栄養素(ミネラルやビタミンなど)に加えて、成長ホルモンや抗生物質などが添加されていると推測できます。このように細胞培養技術で肉を大量生産できるようになれば、牛を飼育する必要がなくなり、牛が出すメタンガスが激減し、飼料作物の必要もなくなります。2020年に開催された世界経済フォーラムにて、世界経済を牽引しているグローバル企業集団が参画し、AIで農業を営み、バイオテクノロジーで畜産物や乳製品を作り出す「グレートリセット」計画を打ち上げました。

人造肉に加えて、細胞培養によるバイオ母乳の研究開発も行われており、3~5年後には商品化されるそうです。ヒトカゼインやヒトホエイたんぱく質を細胞培養で生産し、その他成分を母乳のそれと同じように配合したものなのか、それとも母乳と同じカゼインミセルや脂肪球を有するバイオ母乳なのかはわかりません。
バイオ母乳が開発されれば、バイオ牛乳も細胞培養技術で生産されるようになります。そうなれば、バイオチーズも開発されるようになります。「牛がいない酪農」には飼料作物は不要で、メタンガスが激減します。ホエイを含まない牛乳も可能で、乳糖不耐症の方でも安心して牛乳を飲めるようになります。さらに、生産調整が容易になり、牛乳が足りない、余るなどの問題はなくなり、酪農家はバイオ牛乳やバイオチーズを生産する工場で働き、休日には家族で温泉に行くなど、今では考えられない生活が可能になります。春になると乳価交渉ではなく、春闘で賃金交渉をするようになるかもしれません。

しかし、細胞培養で牛乳を作らせても、培地に含まれる成長ホルモンや抗生物質は遺伝子組換え技術で生産されると思われます。牛乳をそれら培地成分から精密に分離精製しなければなりません。果たして製造コストはいくらくらいになるのでしょうか?
さらにバイオチーズの製造は簡単ではないと考えます。成分を完全に天然の牛乳と同じにしても、天然と同じカゼインミセルになるかどうかは別の問題だからです。これまで、多くの研究者が人為的に天然の牛乳と同じ成分を同じ濃度となるように混合してカゼインミセルを調製し、その物理的、化学的な特徴を調べています。しかし、天然のカゼインミセルと同じ構造になっているかどうか確認できていません。また、乳酸菌などチーズ製造に必須の微生物がバイオ牛乳にも天然の牛乳と同じように働くかどうかも分かりません。
さて、どんなチーズができるのでしょうか?意外においしいチーズができるかもしれませんが・・・。皆様はこのような人造肉やバイオチーズを食べたいと思いますか?