フロマGのチーズときどき食文化

カメラが探ったチーズ造りの現場(12)

2022年5月15日掲載

(12)熟成④(特殊なチーズの熟成)

古い話から始めます。第二次世界大戦の時、ドイツ軍に占領されたフランスを指して、イギリスの首相であったチャーチルが「400種以上のチーズを創造した国民は消滅することはないだろう」といったとか。この話の舞台は第2次世界大戦の末期の事だから70年以上前の話にしても、フランスのチーズの種類が少なすぎます。

十数年前だったか、フランスで千種類のチーズを網羅したポスタ―を作ったけれど、フランスで開かれるチーズフェスタのような催しを見るにつけ、毎年チーズの新種がどんどん誕生しているように見受けられる。こうした無数のチーズを見るたびに、筆者は不思議な感覚にとらわれるのです。ミルクという白い液体から無限に生まれてくるチーズ。それも、動物性の食品でありながら、唯一生命を奪わないで造られるもの。しかも、その種類の多さは神からさずかった知恵としかいいようがないのです。人間って凄いですね。少し興奮しました。今回は熟成の最後で、他のチーズと少し変わった熟成をするチーズを紹介します。

① 最後は縦置きにして熟成させるスプリンツ

ハード系の大型チーズが多いスイスには独特な熟成の仕方をするチーズがいくつかあります。最初に紹介するのは歴史あるスプリンツです。このチーズはSbrinzと書いてスプリンツと読みます。教本によればこのチーズは16世紀ごろからアイガーの北壁で知られる岩山の麓にあるブリエンツ村からイタリアに輸出されていたので、この村の名前がイタリア訛りでスプリンツになりチーズもそう呼ばれるようになったとか。そのことは置いといて、このチーズの熟成の最後は立てて熟成させますが最後の仕上がりは、写真のように非常に美しいのです。そしてとても硬い。チーズ界では最もハードなチーズかも知れません。食べる時は専用のカンナで削る。

② カールに放牧された牛達とチーズ小屋

同じような熟成の仕方をするのが同じスイス・チーズのレティヴァ(L‘Etivaz)です。このチーズの元はグリュイエール系のものだったけれど、ある資料によれば1930年代に、国がグリュイエールの製法の近代化を進めようとしたときに、スイスの南西部の生産者の一部はそれに反対した。そして、これまでの品質を守るため100年前の製法を明文化して、それによって造られたチーズ名を、同志が多かった集落の名を取ってL`Etivazレティヴァとしたとあります。以後製造エリアや製法を厳密に定め、5月から10月まで2千mクラスのカール(Kar:氷河が削った高山の台地:写真②)などの山小屋で作ったものを、村の熟成庫に降ろして管理し特有の個性を持ったチーズに仕上げるのです。その成果が認められ2000年にはスイスのA.O.P.を取得する。

③ 外からチーズの熟成が見られるレティヴァの熟成庫

そして、このチーズの中で特にいいものを選び、表皮をはいで磨き、写真③のように縦置きにして30カ月熟成させ、レティヴァ・ア・ルビーブ(Rebibes)という最高級品に仕上げるのです。その熟成状態が外から見えるように設計された熟成庫(写真3)がレティヴァの集落にあります。この熟成法はスプリンツの技術を踏襲したものと思われますがいかがでしょうか。

④ ガスが充満して膨らんだチーズ

最後に紹介するのはスイスのチーズで最もよく知られている、エメンターラーです。このチーズの内部には他のハード系のチーズでは嫌う大きな孔(ガスホール)があるのが特徴ですが、この孔の生成について科学的に説明するのはけっこう難しいので簡単に書きます。このチーズを作るときには他のチーズでは嫌われるプロピオン酸菌という特定の菌を原料乳に添加します。そしてチーズの熟成途中に熟成庫の温度を21~23℃に上げて90日間発酵させるとプロピオン酸菌が作り出す炭酸ガスがチーズの中に多くの丸い孔(チーズ・アイ)を開け、チーズは大きく膨らんできます。

⑤ ガスホールができたエメンターラーの内部

そしてこのチーズ特有の味わいもこれらの熟成工程によって造られていくのです。簡単に書きましたが、このチーズの生成にはまだ謎の部分も多いようです。

 

 

さて、このシリーズはこれでいったん終了します。チーズを学んでいる方々のために少しでも役に立ったのであれば幸せです。


©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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