乳科学 マルド博士のミルク語り

1930年頃、乳利用の始まりをどう考えていたのか

2022年3月20日掲載

乳利用の起源について、現在は約1万年前に西アジアにて始まったと考えられています(平田昌弘、『人とミルクの1万年』岩波ジュニア新書 2014)。チーズ(と言えるかどうかは怪しいかもしれませんが、乳たんぱく質を主成分とした固形物)の利用もほどなく始まったようです。

 しかし、戦前、1930年頃どのように考えられていたのでしょうか。『大日本乳業史』(牛乳新聞社編 1934)という書籍があり(写真)、Jミルクのアーカイブから自由に閲覧できますhttps://www.j-milk.jp/digitalarchives/detail/C0323.html。この本には当時の考え方が書かれております。

西欧での伝承
アダムとイブを先祖に持つヤバルが牧畜の必要性を感じ牧畜業を起しました。ノアの洪水の際に、ヤバルはノアの箱舟にオス、メス2頭の牛を積み込み、アララト山(トルコ東部 標高5,137m)頂に避難し、その近傍にて放牧を始めました(BC3000年頃と考えられています)。なので、BC3000年頃には牧畜が行われていた可能性があります。
 ギリシャのミケーネ
(古代都市のひとつ)時代(BC1600年頃)の金杯に暴れる牛を生け捕りにしようと四苦八苦している状況が描かれているそうです。未開時代の人類は太陽や月を崇拝し、三日月は牛の角に似ていることから牛は月の神と考えられ、宗教的儀式に祭壇へ捧げられるようになりました。しかし、暴れる野牛をその都度捕まえるのは大変だったため、飼育し必要な時にすぐに捧げられるようにしたとの説があります。
 牛の利用は4000年以上前で、バビロニア
(イラク南部の歴史的地域)では既に畜牛に関する法律が存在したと言われています。搾乳された乳は飲用の他、美顔を目的とした洗顔に使われました。各所から発見されている壁画には搾乳の様子が描かれているものも見つかっており、5,500年前にはすでに牛は家畜化されていたと考えられています。

中央アジア
中央アジアでは古くから馬乳利用、ギリシャではチーズ製造の形跡が認められています。
古くはバターとチーズの区別が判然とせず、BC450年にはバターが作られたとの説やサセラン人
(遊牧アラブ人)はもっと前からバターを作っていたとの説あります。
BC500年にはシシタ民族
(?不明)は馬乳からバターを作り、乳を強く撹拌し、上部に浮かんだものがバター、中間はホエイ、下部の重く堅い部分(カゼインか?)を乾かしたものをヒッバース(?)と言い、食用としたそうです。ギリシャ、ローマ、スペインではバターは外用薬でした。古代イタリアでは、バターは野蛮人の最良な食品で、牛乳からもつくりました。古代イタリアでは上部に浮かんだバター、残りを煮詰めて”オシガラ”(? ペコリーノ・ロマーノの元??)なる名前で食べたようです。ヘブライ人やアラビア人は旅行中に酸敗乳を革袋に入れて携行し、袋中で分離したカードに適宜水を加えて食用しました。
古代ポルトガル人、ゴール人
(フランス、ベルギー、スイス、オランダなどに住みついていたケルト人のフランス語読み)らもBC60年にはバターを食し、ドイツ人は乳汁、チーズを食用にしました。
BC8000年には湖上にて家畜を飼育していた人たちがいたそうで、実際スイスの湖底から発掘された遺跡から牛も飼育されており、10,000年前にはすでに牛が飼育されていたらしい。

インドでの伝承
神々が不老不死の飲料を作るために乳に砂糖などを加えた旨の神話があり、太古から牛乳および乳製品を用いていたと考えられます。仏教の禁欲的修行を行っていた仏陀(釈迦)は衰弱した体で川に入り沐浴していましたが、体力がなく岸に上がることができませんでした。その時、牧場の娘、難陀婆羅(ナンダハラ、スジャータともいう)が牛乳を飲ませ命を助けたと言われています。なので、仏教では牛と牛乳は重要なものでした。
インド経由で中国にも乳利用が伝わったと考えられますが、中国では牛を飼育していてもモンゴルを除いては乳製品を利用したとの痕跡は殆どありません。中国人の民情風俗(人々の考え方や社会習慣)が原因だろうと考えられています。ただ、薬用としての利用は記録にあるそうです。

このように、1930年頃までは神話や伝承が乳の起源を考える主な武器でした。遺跡や出土品の年代を放射性同位元素により測定できるようになると、誤差はありますが、およその年代が分かるようになりました。土器や壁画からいつ頃の乳利用だったのかを推定できます。さらに、現在では土器内部に付着していた有機物の脂肪酸やペプチドのアミノ酸配列が測定できるようになり、何を食べていたかを詳しく調べることができるようになりました。さらに遺伝子解析などの方法で人為的に利用していた微生物を特定し、どんなチーズを食べていたかまで推定されていますC.P.A.コラム2021年12月20日参照。考古学はかってはビタビタの文系学問でしたが、現在は自然科学の援護射撃なしには前進できなくなったのですねー。


「乳科学 マルド博士のミルク語り」は毎月20日に更新しています。

ⒸNPO法人チーズプロフェッショナル協会
無断転載禁止