ダンチェッカーの草食叢書

第8回 『ミルクの文化誌』と『乳製品の世界外史』

2021年8月10日掲載

足立達(あだち・すすむ)先生は、東北大学農学部畜産学科の畜産利用学講座(現在の生物生産科学科の動物資源化学分野)の教授として、後に尚絅​女学院短期大学(現在の尚絅学院大学)の教授として、乳成分に関する様々な研究をされてきた方です。

『ミルクの文化誌』は定年退職後に、乳利用文化の歴史を科学技術の視点でまとめられた著作です。

『ミルクの文化誌』1998

この表紙上部の絵は、インド北部とネパールに伝わるミティラー画といわれるものです。このような搾乳や授乳もモチーフにされることが多いようです。これはスイギュウかもしれませんね。

『ミルクの文化誌』 東北大学出版会 1998(290ページ)
第1章 乳用家畜利用への道のり
第2章 乳用家畜の系譜をたどる
第3章 反芻動物による草からミルクへの変容
第4章 ヒトの体質を変えた乳食文化の展開
第5章 ミルク殺菌への道のり

この構成はまさに独特の視点だと思います。クライマックスとなる4章は乳糖と乳糖分解酵素について71ページ、5章は飲用乳殺菌について86ページを費やしており、そこをこんなに詳しくやりますか…と思ってしまうくらい、実に熱が入っています。
全体として、アフロ・ユーラシア大陸全域の歴史と科学技術の変遷について強い意識が感じられます。現在では古めかしくなった内容も含まれていますが、興味深く読めます。
チーズやヨーグルトなど個々の乳製品については「割愛せざるをえなかった」とのことで触れられていないのですが、本書でそこまで扱ったらたいへんなボリュームになったことでしょう。

そして4年後に、まさにそこに踏み込んだ大著『乳製品の世界外史 世界とくにアジアにおける乳業技術の史的展開』を出版されているのです。このサブタイトルからして、これがやりたかったことなのだろうと感じます。
ヨーロッパだけでなく、アジアやアフリカの乳利用技術の発展をたどっています。乳化学の専門家として、歴史については在野の研究者であるとの意識から「外史」とされたのでしょうか。
しかしこの分厚さ、おそらく制限を設けずにやりきったのではないでしょうか。

『乳製品の世界外史』2002

『乳製品の世界外史 世界とくにアジアにおける乳業技術の史的展開』東北大学出版会 2002(1092ページ)
第1章 乳用家畜の起源と展開
第2章 乳業技術の史的展開
第3章 アジアにおける伝統的乳製品の展開
第4章 乳食と米食を両立させてきたアジアの伝統的乳製品

1章では特にマイナーな種に着目しており、家畜好きにはとても刺激的です。
この本は2章が圧巻で、発酵乳・酸凝固・バター類・乳酒・レンネット・濃縮・冷凍などの技術を、時空を往来しながら解説しています。チーズ好きとしては、バルカン半島でのレンネット凝固技術の開始からの展開は特に興奮するところですが、他もかなり読みごたえがあります。
3章・4章、日本・モンゴル・インド・シリア・ブータン・中国の乳文化の展開も詳細に語られています。
全体を通して、収集した全世界の乳製品に関する多量の資料を(前著と同様に)科学者の視点で読み解いているといえるでしょう。そのため、読者は本文と目次・索引・参考文献を行き来することになるのですが、この分厚さゆえに扱いにくくて読み進めるのに苦心します。その結果、この大作をものした著者の苦労に思いをはせることになるとも言えますが。

『乳とその加工』1987

足立先生は東北大学の現役教授時代に、後輩の伊藤敞敏先生との共著で『乳とその加工』(建帛社 1987)という乳化学の専門書を出版されています。これも今読むと古めかしさはありますが、上記2冊に通ずる独特の雰囲気があることに気づき、おもしろいと思います。

今年(2021)3月に足立達先生の訃報が届きました。楽しい著書を残してくださったことに感謝するとともにご冥福をお祈りいたします。