フロマGのチーズときどき食文化

ヨーロッパからやって来た野菜たちの物語

2021年4月15日掲載

1.朝鮮アザミの蕾

庶民がやっとヨーロッパへ自由に行けるようになった頃だから古い話です。1970年代の夏休みに、初めてフランスへ渡り地方都市の学生寮でひと月過ごした時に、生まれて初めてフランス料理を食べたのですが、それはレストランではなくこの学生食堂でした。質素ながらまぎれもなくフランス料理でした。

2.凝乳剤になる朝鮮アザミの雄しべ

そこには数種類の日替わり定食があり、その中から適当に選んでオーダーすると、突然茹でたての野菜らしきものがゴロンと一個皿にのって現れた。同行の人達は驚いたけれど筆者は出発前にフランスのチーズや食材などを調べてきたので、これはアルティショー(Artichaut)という朝鮮アザミの蕾を茹でた物だという事は分かったけれど、どうやって食べるかは知らなくて悪戦苦闘してやっと平らげたのを今も覚えています。この野菜はヨーロッパではごくありふれた物だったけれど、当時の日本人は見た事もなかった。後にフランス料理ブームが来て日本にも輸入されたけど、普及しなかったのです。話は少し変わるけど、この朝鮮アザミの花の雄シベを乾燥させたものを、チーズ作りの時に凝乳剤として使われている事はご存知ですね。

3.市場に積まれている大量のラディッシュ

またまた古い話ですが、我々が子供の頃、赤カブと呼び栽培していた野菜は、やがて日本での一般名もラディッシュというお洒落な名前に変わり、サラダや洋風料理の色取りに使われるようになります。しかし時代と共に次第に姿を消し、今では大手スーパーでも見かけなくなりました。そんな状況の中でフランスの市場にいくたびに、写真のように大量なラディッシュが山積みされているのを見て、彼らは毎日これをどうやって食べているのだろうかという疑問がわいてきました。普通は前菜として出されるようですが、その食べ方は生のラディッシュにバターをつけて食べるとか。バターをつける? パリで子育てしていた日本女性のエッセイに、フランスの学校給食では前菜にはラディッシュがバターと一緒に出てくるとありました。赤カブにバター、日本人は知らなかった食べ方ですね。

4.キュウリに似ているズッキーニ

次に紹介するのは名前がややこしい。日本ではズッキーニ(Zucchini)ですが、これは英語で、フランス語ではクルジェット(Courgette)といい、キュウリと同じウリ科ながらカボチャの仲間です。こんな話がある。1970年代に南仏プロヴァンスの煮込み料理ラタトゥイーユというのが流行った。この料理はニンニク、玉葱、トマト、ナス、ピーマン、ズッキーニをオリーヴ油で炒め、水を加えずこれらの野菜を煮込むだけの料理で技術が要らないフランス料理として、ちょっとしたブームになった。だが問題はズッキーニが手に入らない。そこである料理研究家はズッキーニがない場合はキュウリを使えと書いて笑い話になりました。姿が似ているがキュウリは水分も多く風味も違うので煮込み料理にはどうでしょう。

5.ラッキョウがエシャレットになった

もう一つ、日本へきて名前が錯綜してしまったのがエシャロットです。この話には前段がある。1950年代に日本特有のラッキョウの早採りを売り出すとき、ラッキョウでは売れないと、築地の卸売り業者の某氏はこの野菜に「エシャレット」と命名して売り出し成功を収める。当時は一杯飲み屋でもこの野菜をよく見かけました。ところが1970年代あたりからフランス料理ブームが来ると、ソースの素材になる小さな玉葱のような形のエシャロットと呼ぶ野菜が入ってきて料理界に論争が起こるのですが、本物の方はプロが使うので、さほど混乱せず今では住みわけができているようです。しかし、現在では食品成分表などもラッキョウを堂々とエシャロットとしているのはなぜでしょう。

 


©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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