フロマGのチーズときどき食文化

カマンベールの故郷ノルマンディの美食を探る

2021年3月15日掲載

1.初代のマリー・アレル像

2月に発刊された『チーズの教本』のカマンベールの項にこのチーズの開発者とされるマリー・アレル像と村の写真が載っていますね。遠い国の過疎の村までご苦労さまです。でもこの像はカマンベール村にあると思っている人がいるようですが、それはこの村から北東に5kmほど行ったヴィムーチェの町役場前の広場に立っています。でも、この像は2代目のマリー・アレル像なのです。初代の像を建てたのは、カマンベールで胃病が治ったというアメリカ人で、1928年にこの町にやってきてマリーおばさんに敬意を表したいといい、この像を建てていったそうです。
 

2.ヴィムーチェの役場前の広場

でもこの像は第二次世界大戦末期のノルマンディ上陸作戦の時に破壊されるのですが、戦後にはまたもやアメリカの乳業会社が新しいマリー像を再建する。こうしたエピソードがこの地方の小さなチーズを世界中に広めていくのです。しかも2代目のマリー像はオバサン風ではなく若々しい美女になっている。この像の近くにはカマンベール博物館というのがあって、そこには初代のマリー・アレル像のレプリカがあるのですが写真の通り初代のマリー像は、いかにも酪農家のおばさん風なのです。

3.シードルの原料になるリンゴ

さて、ノルマンディといえば、チーズ関係者は即座にカマンベール、ポン・レヴエック、リヴァロなどの名をあげ、更にはイジニイ(Isigny=発音の仕方はいろいろです)のA.O.P.認証のバターを挙げるでしょう。ノルマンディ地方はフランス屈指の酪農王国なのです。この地方は暖かいメキシコ湾流の恩恵を受け、冬も牧草が茂っているそうです。そんな牧場にはちょっと恐ろしげなノルマン牛が放たれ、その放牧地の中にはリンゴが実っている。そんな穏やかな風土ながら、ここには肝心なものがない。そう、ノルマンディはワインのない国なのです。その代わりとなるのが発泡性の林檎酒シードルですが、この酒のアルコール度数は低い。そこでこのリンゴ酒を蒸留したのが「カルヴァドス」ですが、ワインなしのこの地方の男達はこの強烈なアップル・ブランディを食事中にあおる風習があり、これを「ノルマンディの穴=Trou Normand」というそうです。なかワイルドな飲み方ですね。

4.血のソーセージ、ブーダン・ノワール

そして、この地方の料理も存在感があります。「カン風牛胃の煮込み」や「ブーダン・ノワール」という血液のソーセージが有名ですが、地元のレストランで試してみましたがけっこういけます。一方、ノルマンディといえば海産物も見逃せない。カキやホタテ、ムールなどの貝類がいい。地元のレストランでムール貝のワイン蒸しをオーダーすると、小さめのバケツ1杯の量が来る。それにローストした大きなオマールエビがいい。パリの半値以下で食べられました。でも、観光名所のモン・サン・ミッシェルの「プーラールおばさんのオムレツ」はお勧めしない。基本的にはプレーンのスフレ・オムレツだから巨大だけれど特別美味というわけではなく、びっくりするのは支払いの時です。元来このオムレツは、この島の修道院を訪れる貧しい巡礼僧のために作られた質素な料理だったのです。ノルマンディのもう一つの名物はカキだけれど、フランス産のブロンと呼ぶヒラガキは1960年台に疫病が発生して絶滅の危機に瀕する。そこで、世界中の産地から稚貝を取り寄せ養殖したが、どれもうまく育たなかった。そんな中で見事に育ったのが宮城県産のマガキでした。以後このカキがフランスのカキの主流になっていく。今や冬場にパリ中のビストロで食べさせる生ガキの大半は、この細長い日本原産のマガキの子孫なのです。

5.日本からやって来たフランスのカキ

 

 

 

 

 


©写真:坂本嵩/チーズプロフェッショナル協会
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