乳科学 マルド博士のミルク語り

チーズフォンデュ

2020年1月20日掲載

チーズフォンデュ
皆さま、新年おめでとうございます。年末、年始にはチーズフォンデュを囲んだご家庭が多かったのではないかと思います。チーズフォンデュは日本でもお馴染みのメニューとなり、最近では焼き肉をフォンデュにディップしたり、様々な香料を混ぜたフォンデュなどを提供するお店がTVで紹介されていました。

今更チーズフォンデュについて説明する必要はないと思いますが、それぞれのご家庭で“我が家風”チーズフォンデュがあり、様々な作り方があるようです。一般的にはグリエールと加熱したらとろけるお好みのチーズにワインを加えて鍋で加熱し、とろとろになったチーズにパンや野菜などをディップして食べます。日本ではせいぜい20~30分程度で食べ終わるので気付きませんが、本場スイスでは食事時間が長いせいか、フォンデュを愉しんでいると油が分離(オイルオフ)することがあるそうです。
スイスの研究者が発表した論文
(Bertsch et al, ACS OMEGA 4: 1103-1109, 2019)によれば、グリエールとヴァシュランを1:1で混ぜてとろとろにしたものに水を40%ほど加え室温で4時間放置しておくとオイルオフが生じると報告しています。一方、デンプンを3%加えるとオイルオフしません。デンプンは増粘剤ですのでオイルオフしにくくなり、フォンデュにはしばしば用いられます。

ところで、1911年にスイス人の Stetter と Gerber がナチュラルチーズ(NC)の日持ちを延長させる目的でチーズフォンデュからヒントを得てプロセスチーズ(PC)を発明しました。フォンデュの何がヒントになったのでしょうか。詳しいことは分かっていませんが、私はワインに含まれている酒石酸(カルシウムを捕まえる作用があります)がヒントなのではと考えていました。

すなわち、NC中に残存しているリン酸カルシウムナノクラスター(リン酸カルシウムの微粒子)を酒石酸が外し、その結果チーズの本体であるカゼインネットワークが緩くなります(図1)
ネットワークから外れたカゼインや熟成中に生じたペプチドなどが脂肪球に吸着し脂肪球を安定化(乳化)すると考えられ、オイルオフしない均質なチーズを作ることができると考えていました。しかし、チーズとワインだけではオイルオフするのであればPCにはなりません。つまり、酒石酸だけではPCはできないのです。

一般的に水+油+乳化剤の系を乳化させるには激しく撹拌することが必要です。撹拌することで脂肪が細かく分断され、小さくなった脂肪球に乳化剤が吸着して安定化されます(図2)。PCでも同じで乳化釜でチーズと乳化剤を加え、加熱しながら撹拌します。撹拌が強いほどカゼインで乳化された脂肪球の大きさが小さくなり、より安定化されます。なので、撹拌せずに静置しただけでは均質で安定な組織にならないのです。恐らく、Stetter と Gerber は乳化剤として何が相応しいか、加熱撹拌の条件などをいろいろ試し、PCを発明したのではないかと考えています。

一方、米国ではクラフト社が工業的なPC製造方法を実用化し、缶詰のPCを販売しました。これは第一次世界大戦に赴いた兵士の携帯食料として急速に需要を延ばしました。肥沃な三日月地帯から世界中にチーズは広まりましたが、その理由の一つとして戦争など長距離を移動する際に携帯食料としてチーズが便利だったと考えられています。PCも戦争するために便利ということで広まりました。戦になるとチーズの需要が拡大しましたが、チーズの需要が拡大しても戦にはなってほしくないものです。