乳科学 マルド博士のミルク語り

大阪で最初の牛乳販売店

2019年5月20日掲載

大阪で最初の牛乳販売店

大阪における本格的な搾乳業は明治6年(1873年)に始まったと考えられています。東京では明治3年頃から牛乳が販売されていましたから、大阪では東京より3~4年後ということになります。本当にそうなのでしょうか?大阪港には横浜や神戸と同じく外国人が居留し貿易業務に携わっていたわけです。であれば、少なくとも外国人向けの牛乳販売店が開港後間もなく開店していたのではないか、と考えました。そこで、酪農関係の史料ではなく、港湾関係の史料を調べました。
ありました! 「川口居留地」で働いていた田村という雑役夫が明治3年に現在の本田(ほんでん)小学校の辺りにパン兼牛乳販売店を開いた(大阪港史 第1巻、川口居留地 1号)と書いてありました。川口居留地跡は大阪市西区にあり、地下鉄中央線阿波座駅から徒歩10分程度です。木津川と阿治川に挟まれた船の舳先のような形をした地域が川口居留地で(図1)、舳先から教会(図2)の辺りまでが外国人居留地でした。
この教会は1881年に建てられ、その後改修が行われましたが、場所は当時と同じなので目印になります。川口居留地跡碑(図3)の右側が本田小学校で、パン兼牛乳販売店がありました。また、明治44年には「カッフェ・キサラギ」(図4)もオープンしています。
ところで、田村某はどこから牛乳を仕入れていたのでしょうか。明治3年には谷町の土井嘉右衛門が小規模ながら和牛から搾乳したと記載されています(大阪港史 第1巻)。なので、ここから仕入れた可能性はありますが、詳しくは分かりません。そもそも、大阪と牛の関係は歴史的に長く、欽明天皇の時代に百済より牛が献上され、農耕用として天王寺牛市にて長らく売買されていたとの記録があります(石橋家文書)。このため、谷町以外でも小規模に搾乳していた可能性は捨てきれません。なお、欽明天皇の在位は539~571年で、善那が牛乳を献上したとされる孝徳天皇の在位は645年~654年です。なので、孝徳天皇より100年近く前のことです。
カフェの近くには「自由亭」がありました。自由亭は大阪初の西洋料理店で、明治天皇に西洋料理を提供したことで有名です。その際の昼食メニューでは「チーズ、ケーキ」、夕食では「バター、ケーキ」が振舞われたようです。このチーズとケーキの間にある句点は何を意味しているのでしょうか?単にチーズケーキのことなのか、チーズとケーキのことなのか・・・?いづれにしても明治天皇がチーズを召し上がった可能性があります。
現在の川口居留地跡には勿論当時の洋館は残っていませんが、居留地を散策すると貴婦人たちがカフェでミルクティーを飲みながら語らっている光景やしゃなりしゃなりと歩く貴婦人らと出会いそうな雰囲気があります。大阪近辺にお住まいの方や大阪に行かれる方は一度川口居留地跡を訪れ、遠き明治に想いを馳せてはいかがでしょうか。