乳科学 マルド博士のミルク語り

乳糖と乳酸発酵がもたらすミルクの価値

2019年1月20日掲載

乳糖と乳酸発酵がもたらすミルクの価値

2018年12月1日に「ミルク一万年の会」のシンポジウムが行われ、ミルクの価値について様々な視点から討議されました。今回はその中で討議されたダンチェッカーさん提案の「乳糖と乳酸菌がもたらすミルクの価値」についてご紹介します。
乳糖は皆様もご承知のようにグルコースとガラクトースが結合したミルクにのみ存在する糖質です。乳糖の合成については「哺乳類誕生前のα-ラクトアルブミンと乳糖」
(2016年4月24日、C.P.A.コラムにて説明したように、ガラクトシルトランスフェラーゼという酵素によって合成反応が触媒されますが、実際にはこの酵素だけでは乳糖は殆ど合成されません。アシスト役を務めるα-ラクトアルブミン(ホエイ中の主要たんぱく質のひとつ)が必須なのです。α-ラクトアルブミンはリゾチームというたんぱく質から何億年もかけて進化したと考えられています。哺乳類誕生のずっと前の動物は少しずつリゾチームを進化させ、乳糖合成に欠かせないアシスト役を育成し、ようやく乳糖を合成することに成功したのです。何故そこまでして乳糖合成にこだわったのでしょうか。色々考えられていますが、“母なる愛”がひとつの引き金になっている可能性があります。なんと神秘的な出来事ではないでしょうか。
ミルクの糖質が乳糖になっているせいで、乳糖を資化(エサとして利用)できる微生物(乳酸菌など)を味方とし、乳糖を資化できない菌(大腸菌など)のミルク中での増殖を抑えることができるようになりました。一般的な食物を室温に放置しておくと様々な微生物が増殖して腐敗してしまいます。しかし、ミルクの場合は乳酸菌が増殖し、乳酸発酵が起こります。これにより乳糖が減り、pHが下がることにより雑菌が繁殖しにくくなります。そのため、ミルクの保存性が向上しヨーグルトやチーズのようなおいしい乳製品が生れたのです。また、乳糖不耐症の大人(古代の人類は殆どが乳糖不耐症だった)でもミルクを利用することが可能となりました。
牛のミルクは牛の仔が飲むためにあり、ヒトが飲むのはけしからんと主張する方々がいます。恐らく、牛は自分が出したミルクを自分の仔に飲ませることしか意識していないでしょう。しかし、ミルクは自分の仔だけではなく、ヒトでも利用できる仕組みを内在しているのです。その秘密が乳糖と乳酸発酵にあるわけです。
乳糖と乳酸発酵のお蔭で、穀物の収穫が不可能な草しか生えない土地でもヒトが生存できるのです。搾乳ができない冬季においてもチーズに加工することで食糧を確保できます。バターを食べることで極寒の地でも生きながらえることができたのです。古代、バターは傷口に塗り、一種の絆創膏的な使われ方をされたようです。日本でも病気を治す医薬品として利用されました。穀物や果実が手に入る恵まれた土地においては、それらを発酵させたワインや酒類をチーズとともに摂取し、食生活が飛躍的に豊かになりました。そして、今日の豊かな食生活にミルクが欠かせないのは言うまでもないことです。なんとすばらしく、神秘的なミルクの価値ではないでしょうか。